1 裁判にいたる経緯や法律上の争点
JASRAC(日本音楽著作権協会)VS 音楽教室の裁判、ついに最高裁の判断が出ました。
ここで問題となっていたのは、音楽教室で講師や生徒が行う音楽(JASRACが管理するもの)の演奏が著作権侵害にあたり、その対価として著作権料をJASRACに支払う必要があるのかどうかです。
きっかけは2016年、JASRACが音楽教室を運営する事業者らに対して音楽教室での生徒への演奏レッスンについても著作権料を徴収する準備を進めていると通知したことでした。これに対して、音楽教室事業者が反発し、JASRAC側と協議しましたが、話はまとまりませんでした。そして、2017年に約240社の音楽教室運営事業者が、音楽教室での楽曲の演奏について、著作権使用料を支払う必要がないことの確認を求めて提訴したのです。
これは原告が被告に金銭の支払いを求める通常の裁判の形式とは異なり、原告から被告に対する債務がないこと、すなわち債務の不存在を確認する裁判の形式がとられました。
この裁判で問題となった点(=争点)はどこにあるのか、確認しましょう。
著作権法22条では、著作者は、その著作物を、「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的」として上演し、又は演奏する権利を専有すると規定されています。
この権利は著作権の中の演奏権と呼ばれ、著作者が演奏権を独占的にもっていることを意味します。そのため、著作者以外が演奏する場合には原則として著作者の許諾が必要となりますが、JASRACが管理している音楽(著作物)であれば、JASRACに音楽の利用料を支払うことによって著作者の許諾を得ることができ、著作権侵害に当たらないことになります。
このような法的観点から、音楽教室での講師や生徒による演奏が、この演奏権侵害にあたるかどうかが問題となりました。この判断のポイントは2点になります。
①講師や生徒の演奏について、楽曲の利用主体を音楽教室事業者と評価するかどうか
②講師や生徒の演奏が「公衆」にきかせることを目的としているかどうか
この裁判では、音楽教室事業者である原告ら(「音楽教育を守る会」の会員団体249社)が、JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)に対して、原告らの運営する音楽教室における講師による演奏、生徒による演奏は、著作権法22条で定める演奏権の対象となる「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的」とする演奏に該当しないことなどを理由として、JASRACは原告らの音楽教室に対してJASRACの管理する音楽著作物の使用に係る請求権を有しないと主張し、当該請求権の不存在確認を請求しました。
1審の東京地裁は、音楽教室事業者の管理・支配のもとで行う教師の演奏に加え、教師の指導に従って行う生徒による演奏にも、音楽教室事業者の管理・支配が及んでいるとして、両者について使用料を支払う義務をあるとしてました。
しかし、2審の知財高裁は、教師による演奏は音楽教室事業者の管理支配下において演奏させるものであるとして、音楽教室事業者を利用主体としつつも、生徒による演奏は生徒が演奏技術向上のために任意かつ自主的に演奏を行っているとして、利用主体は生徒自身であると判断しました。
これに対して、JASRACが上告をし、生徒による演奏について、著作権侵害にあたるかどうかが最高裁での争点となりました。
2 最高裁の判断はいかに?!
2022年10月24日、最高裁の判断が出ました。
既に判決文は、裁判所のHPにアップされていますので、興味ある方は全文をご覧ください。
結論としては、生徒による演奏に関するJASRAC側の上告を棄却しました。
まず、最高裁は、前提となる音楽教室における演奏の状況(事実関係)について、次のとおり整理しています。
「被上告人(音楽事業者)らは、音楽教室を運営する者であり、被上告人らと音楽及び演奏 (歌唱を含む。以下同じ。)技術の教授に関する契約を締結した者(以下「生徒」 という。)に対し、自ら又はその従業員等を教師として、上記演奏技術等の教授のためのレッスン(以下、単に「レッスン」という。)を行っている。生徒は、上記契約に基づき、被上告人らに対して受講料を支払い、レッスンにお いて、教師の指示・指導の下で、本件管理著作物を含む課題曲(以下、単に「課題曲」という。)を演奏している。」
上告人(JASRAC)が上告した際の主張の概要は次の通りでした。
「生徒は被上告人ら(音楽教室側)との上記契約に基づき教師の強い管理支配の下で演奏しており、被上告人らは営利目的で運営する音楽教室において課題曲が生徒により演奏されることによって経済的利益を得ているのに、被上告人らを生徒が演奏する本件管理著作物の利用主体であるとはいえないとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤り及び判例違反がある」
これについて、最高裁は次の通り理由づけをして判断しました。
①演奏の利用主体の判断基準(一般論)
「演奏の形態による音楽著作物の利用主体の判断に当たっては、演奏の目的及び態様、演奏への関与の内容及び程度等の諸般の事情を考慮するのが相当である。」と一般論を述べました。
②生徒の演奏に関する具体的な判断
A 演奏の目的及び態様
「被上告人(音楽事業者)らの運営する音楽教室のレッスンにおける生徒の演奏は、教師から演奏技術等の教授を受けてこれを習得し、その向上を図ることを目的として行われるので あって、課題曲を演奏するのは、そのための手段にすぎない。」と演奏の目的を判断しました。
B 演奏への関与の内容
「生徒の演奏は、教師の行為を要することなく生徒の行為のみにより成り立つものであり、上記の目的との関係では、生徒の演奏こそが重要な意味を持つのであって、教師による伴奏や各種録音物の再生が行われたとしても、これらは、生徒の演奏を補助するものにとどまる。」と評価しました。
C 演奏への関与の程度
「教師は、課題曲を選定し、生徒に対してその演奏につき指示 ・指導をするが、これらは、生徒が上記の目的を達成することができるように助力するものにすぎず、生徒は、飽くまで任意かつ自主的に演奏するのであって、演奏することを強制されるものではない。」としました。
※受講料と著作権料の関連性
「なお、被上告人らは生徒から受講料の支払を受けているが、受講料は、演奏技術等の教授を受けることの対価であり、課題曲を演奏すること自体の対価ということはできない。」として、経済的利益の関連性を否定しました。
生徒の演奏に関する結論
「レッスンにおける生徒の演奏に関し、被上告人ら(音楽教室事業者)が本件管理著作物の利用主体であるということはできない。」として、JASRACの音楽教室への演奏料の徴収を認めませんでした。
3 最高裁の判断を踏まえて
上記最高裁の判断により、生徒の演奏については演奏権の侵害には当たらず、著作権料の支払いは不要となりました。ただし、講師の演奏については、著作権侵害にあたることを前提に著作権料の支払いが必要となります。
従前、JASRACは、講師と生徒の著作権料を併せたものとして、1施設あたりの年間使用料を受講料収入の2.5%と設定していました。しかし、今回の最高裁の判断により、生徒の著作権侵害が否定され、少なくともこの部分の著作権料の支払いが不要になったことで、少なくともこの2.5%より減額されることにはなるでしょう。
ただし、2022年11月8日現在、JASRACのHPには従前の著作権料の基準が掲載されています。今後、改訂の可能性も十分にありますが、教室の規模によっても変わってきますので、詳細はコチラからご覧ください。
講師による演奏についての演奏料をどのように考えていくかが問題になりますが、実態としてメインは生徒による演奏であり、講師による演奏は限定的ではないでしょうか。そうであれば、上記割合からは相当程度減額されるべきように思います。
ただ、いずれにしても講師による演奏として著作権料の支払いが求められることにはなり、それが受講料に転嫁されることは避けられないでしょう。
著作権料の徴収は本来的には著作権者の正当な権利であり、表現活動を保護していくために必要なことではありますが、一方で音楽教室自体が音楽業界を将来担う子たちの育成の場であるとするならば、その子たち側に著作権料の負担を課すことになるこのような流れが音楽業界全体にとって、どのような影響をもつのか、注視していく必要がありそうです。