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判例の学び方②〜マクリーン事件を通じて学ぶ〜

 

 先日、判例の学び方をまとめてみましたが、今回は判例が特に重要な意味を持つ憲法判例の学び方を具体的に解説します。

 

 憲法の重要判例の1つに、マクリーン事件があります。憲法を学んだことがある方なら誰でも聞いたことはあるでしょう。

 司法試験の勉強をしている方なら、誰でも、「外国人の人権を認めた判例」として思う浮かべるかもしれません。

 私の大学時代は、予備校からの教えから、事例問題で外国人がでれば必ず反射的に、

「外国人の人権共有主体性が問題となるが、性質上可能な限りその保障が及ぶと解される(判例同旨)」とバカ(?)の1つ覚えに書いていました。

 今から考えれば、何も理解していないことを、自ら露呈していたようなものだと恥ずかしくなります。

 判例の理解をするためには、その本質を知らなければいけません。マクリーン事件を題材に、本質の学び方を確認してみましょう。

 

 マクリーン事件は、昭和53年10月4日最高裁の大法廷で判決が下されました。

 有名なその判示のうち、どの判例本にも記載されている重要な部分は、以下のとおりです。

①「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、」

②「政治活動の自由についても、わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶものと解するのが、相当である。」

③「しかしながら、前述のように、外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく、ただ、出入国管理令上法務大臣がその裁量により更新を適当と認めるに足りる相当の理由が あると判断する場合に限り在留期間の更新を受けることができる地位を与えられて いるにすぎないものであり、したがつて、外国人に対する憲法の基本的人権の保障 は、右のような外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解する のが相当であつて、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障、すなわち、 在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的 な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。」

 

 そもそも日本の裁判所がもつ権能は司法権(裁判権ではない)です。付随的審査制のもと、当該事件についての判断を下すのが原則です。

 しかし、そうは言っても、最高裁は、時に、他の事案にも適用できるような規範を立てます。判例法理により、一般的な解釈基準を示すことで、それ以降の裁判の解釈指針を示すことになります。法律が抽象的で、多くのことが解釈論に委ねられ、かつ、時代に適応した解釈が必要な憲法では、これが大きな意味を持ちます。

 

 このような観点から見てみると、①部分は、その文言の抽象性から、この事案についてだけ判断したものではなく、外国人の一般論として論じていることが読み取れます。そのため、この①部分は、すべての外国人の人権にその射程が及ぶことを前提に、先ほど述べたような答案の書き方がされてしまうことになっています。

 

 ただし、これについてはそのように安易に理解していいのか、考える必要があります。

 では、そもそもどのような事案だったのでしょうか。

 

 この事件は、英国籍を持つマクリーンさんが在留資格をとって日本に1年間在留したのち、在留資格を更新しようとしたところ、政治活動を行っていたことを理由に、在留許可の更新を拒否されたという事案です。

 そのため、憲法上の争点はあくまでも、在留許可更新の際に考慮してもよい事項かどうか、すなわち、考慮することが保障されるべき人権の侵害にあたるのではないかという形で問題になっています。まずはここを理解しておくべき必要があります。

 また、外国人と一口に言っても、永住資格を持つ定住外国人の方から旅行で在留する一時滞在中の外国人の方もいます。これらを同列に論じれるかどうか、注意が必要です(現に、地方自治における選挙権を認めるかどうかという議論では、永住資格を持つ外国籍の方に認めるかという議論がされるています)。このような観点で見た時に、マクリーンさんがあくまで、一時在留者であったことはおさえておくべき点です。

 次に、実はこの事件では、憲法22条1項(居住・移転の自由)も争点となっています。すなわち、最高裁は一蹴してはいますが、マクリーンさん側は、同項に基づく保障が外国人にも及び、在留する権利が認められると主張したのです。原告側として、このような法的主張を考えなければいけないことは知っておくべきですし、またこれが権利の性質上、外国人に認められていないことも注意すべきです。

 そして、そもそもこの判例が百選にのるような判例となったのは、上記判示をしたからですが、そのような判示をした理由は、問題となったのが政治活動の自由であったからこそです。外国人に認められないことが明らか、あるいは認められることが明らかな人権であれば、そもそも争点にもなっていません。例えば、外国人に絵を描く自由(表現の自由)があるかといえば、何ら問題になるまでもなく、認められるでしょう。このような人権が問題となった時に、「そもそも外国人は人権享有主体となりうるか」などと論じるのは非常にナンセンスなのです。

 事案の概要等の前提の情報から、ここまでのことを理解しておく必要があります。

 

 そして、問題となった政治的活動の自由については、②の判示により、政治的に影響しかねないような地位にない限り、外国人にも認められるとしました。その上で、実際にマクリーンさんにも政治活動の自由を認めたわけです。このように見ると、①のところで、外国人の人権に対する総論を述べた上で、②のところで、政治活動の自由という人権についての各論を述べたことになります。そして、②の中でも判例が権利を広く認めていることは評価されています。

 

 ところが、結論として、在留更新の不許可は裁量の範囲内とされてしまいました。その理由が③の在留許可判断における規範部分です。これに基づく事実認定がなされ、政治的活動の自由を権利としても認めながらも、在留許可更新時の考慮事由としては問題ないと結論づけたのです。

 このような判断については強い批判があるところです。なぜなら、一方で、政治活動の自由を認めるとしながら、結局、それを理由に在留を許可しなかったわけですから、実質的に見れば保障してないのと同じ(この判断をもとにすれば、日本に在留したければ政治活動はするなとなりかねない)とも言えるからです。

 このような裁判所の認定手法と学者の批判はという展開は、実はよくあることです。つまり、抽象論として形式的にはいいことを言っているんだけれど、実質的には不十分で、結論も不当と言われるパターンです。ここも押さえておく必要があります。

 

 以上をまとめると、

 この判例を理解すべきポイントは、以下のとおりとなります。

 ❶人権享有主体は誰か?:在留資格で一時滞在していた外国人

 ❷問題となった人権は何か?:憲法22条1項に基づく在留する権利、憲法21条1項に基づく政治活動の自由

 ❸判例法理の内容は?:外国人の人権一般の判断=①、外国人における政治活動の自由=②、在留資格の更新の判断における考慮事項=③

 ❹問題点・批判は?:形式的には政治活動の自由を認めるとしながら、実質的に保障されていない

 

 このような判例の本質を理解するためには、

 ❶人権享有主体の特性(当該事例以外の場合との比較)、❷問題となった人権の性質(原告の主張を全て確認)、❸判例法理の内容(規範を原則から緩める場合にはその合理的な根拠)、❹問題点・批判(百選等の解説で批判されている部分)

 を整理して理解することが大切です。

 

 

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H13.3 清風高等学校卒業

H18.3 京都大学法学部卒業

H20.3 同志社大学法科大学院卒業

H21.12〜 六甲法律事務所

兵庫県弁護士会法教育委員会、同子どもの権利委員会副委員長、同修習委員会副委員長

同志社大学法科大学院アラムナイ・アソシエーション寒梅会会長

関西学院大学非常勤講師、京都大学法科大学院非常勤講師

兵庫県児童虐待対応専門アドバイザー、神戸市いじめ問題対策審議会委員

 弁護士 松田 昌明

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