退社する際の顧客情報の持ち出しに注意!〜総合商社営業秘密持出事件〜

 

 近時、退職する社員が、顧客情報などを持ち出して転職先で活用したことが問題になるケースが増えています。同様の問題は以前からもありましたが、大手の同業企業間での転職が多くなるにつれて、事件化されることも増え、民事的な損害賠償だけの問題にとどまらず、犯罪として刑事事的な問題になることも増えています。

 

 このような顧客名簿を含むいわゆる”営業秘密”の持ち出しについては、不正競争防止法という法律で規制をされています。

 この法律は、市場経済のもと、原則としては自由な企業同士の競争に関して、あまりにも不当な場合に公正を害するものとして規制を加えるものです。他社の保護されるべき営業秘密を不正に利用したり、製品を模倣して販売したりする行為などを規制しています。この法律で保護される”営業秘密”には、例えば、製造装置の図面や顧客名簿や販売マニュアルなども含まレます。

 営業秘密を侵害した場合には刑事罰も定められており、犯罪にもなり得ます。法律上、個人の場合は10年以下の懲役もしくは2000万円以下の罰金またはその両方、法人を罰する規定もあり、5億円以下の罰金などとされています。

 

 この”営業秘密”に当たるかどうかについては、必要な条件があり、民事裁判でもこれをめぐって熾烈な争いとなることがあります。具体的な条件とは、①秘密として管理されていたこと、②営業上又は技術上有用な情報であること、③公然と知られていないことです。

これらを全て満たす情報が”営業秘密”として法的に保護されることになります。

  

「営業秘密の保護・活用について」 (平成29年6月経済産業省知的財産政策室)
「営業秘密の保護・活用について」 (平成29年6月経済産業省知的財産政策室)

 ”営業秘密”の持ち出しが実際に問題になるようなケースでは、この3つの要件のうち、②と③については問題なく認められるケースが多いでしょう。

 

 もっとも争いとなるのは①秘密管理性についてです。

 こちらが認められるためには、企業が秘密情報としてしっかりと管理しておく必要があり、その管理を怠っていたような情報であれば、従業員としても秘密の情報としては認識し難く、むしろ法的に保護されないことになるのです。

 

 

 

参考:「営業秘密の保護・活用について」

(平成29年6月経済産業省知的財産政策室)


日本経済新聞
日本経済新聞

双日の本社捜索、社員が転職元から営業秘密持ち出し

(2023年4月26日 14:44更新 日本経済新聞)

以下、記事から一部抜粋

 

 大手総合商社「双日」の社員が同業他社から転職する際に営業秘密を不正に持ち出した疑いがあることが25日、捜査関係者への取材で分かった。警視庁は同日までに東京都千代田区にある双日の本社などを不正競争防止法違反の疑いで家宅捜索し、全容解明に乗り出した。

 捜査関係者によると、双日に勤務する30代男性社員が昨年夏、別の総合商社から転職した際に同社の営業秘密を不正に持ち出した疑いがある。

…警察庁によると、2022年に警察が不正競争防止法違反で摘発したのは29件となり、21年に比べて6件増えた。13年(5件)に比べると6倍近い水準だ。

…背景には国内の転職市場の活性化がある。総務省の労働力調査によると、転職者数は19年に350万人を超え過去最高に達した。新型コロナウイルス禍で転職活動が制限されたことから一時減少したものの、22年は前年比で増加に転じている。

情報処理推進機構(IPA)が21年3月に公表した、国内企業を対象に営業秘密漏洩の実態について調べたアンケートでは、「中途退職者による漏洩」(36.3%)が流出ルートで最も多かった。退職する従業員が持つ情報の管理徹底が課題となっている。…


 この記事でも指摘されている通り、転職市場が活性化するに伴い、同業他社への転職の際には、従業員にとっても、会社にとっても営業秘密持ち出しによるリスクが伴います。

 

 従業員の立場からすれば、悪意のない場合もあるでしょうが、特に顧客名簿の持ち出しには注意しましょう。自分個人の名簿と思っていても、法的に営業秘密に該当する情報であれば、刑事・民事の責任を転職元の企業から追及される可能性があります。

 

 他方、企業側からすれば、持ち出されてからでは遅いので、平時から秘密情報としてきっちり管理しておくことが大切です。

 具体的に言えば、以下のような対策をしましょう。

・データにアクセスできる媒体を限定したり、USBの社外持ち出しを禁止したり、物であれば厳重な保管場所を用意したりするなど物理的に情報へのアクセスを制限する

・情報へアクセスできる人間を限定したり、パスワードを儲けたりして技術的に情報へのアクセスを制限する

・万が一の場合も情報の抜き出しが発覚しやすいように、従業員から秘密情報の保護に関する誓約書の提出を受けたり、監視カメラを設置したりして心理的に持ち出しがしにくい状況をつくる

・秘密情報と認識できるように媒体に”秘密””○秘”と明記するなどして一見して認識できるようにする 

 

 この”営業秘密”の保護に関しては、経済産業省のHPにおいて、参考資料とともに解説されていますので、より詳しくおさえたい方はこちらもご覧ください。 

【てびき】秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~