1 父であるオウム真理教元代表の遺骨の引き渡しをめぐる争い
2026年2月、オウム真理教元代表・松本智津夫元死刑囚の遺骨引き渡しをめぐる控訴審判決が出されました。
東京高裁は、国側の控訴を棄却し、一審に続き「遺骨と遺髪を次女に引き渡すべき」との判断を示しました。
オウム真理教といえば、東京の地下鉄でサリンをまいて多数の死傷者を出すというテロを起こすなどした教団であり、そのトップが松本智津夫元死刑囚でした。
2018年には死刑が執行され、遺体は火葬されましたが、この遺骨や遺髪について、実は国が現在も保管しています。
それはオウム真理教の後継団体に渡れば公共の安全が脅かされる危険があるとの理由です。
確かに、もし遺骨や遺髪が後継団体の手に渡れば、強固な信仰の対象になり、神格化される実体となるリスクがあることは容易に想像がつくところです。
このような状況の中で、元死刑囚の次女が遺骨と遺髪の引き渡しを求めて国を訴えたわけです。
「オウム・松本元死刑囚の遺骨、2審も国に引き渡し命令 次女が勝訴」(2026/2/5 13:31(最終更新 2/5 19:41)毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20260204/k00/00m/040/158000c
報道によると以下のとおりです。
「2018年に死刑が執行されたオウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚の次女が、元死刑囚の遺骨と遺髪の引き渡しを国に求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は5日、国に遺骨と遺髪の引き渡しを命じた1審・東京地裁判決(24年3月)を支持し、国側の控訴を棄却した。…
1審判決は、国の危険性の主張には裏付けがなく、抽象的な可能性の域を出ないと指摘。次女は父の死を悼もうとしているとし、遺骨を引き渡すべきだと結論づけた。
これに対し、国側は控訴審で、次女が長期間にわたり、遺骨を後継団体に引き渡さないと誓約しなかったことを挙げ、後継団体に渡る危険性が十分あると主張。次女側は「後継団体と何ら関係はない。引き渡されれば厳重に保管し、父の死を静かに悼み、弔いたい」と反論していた。
元死刑囚の家族が元死刑囚の遺骨と遺髪の所有権を争った家事審判では、次女に所有権があるとする判断が21年7月に最高裁で確定。これを受けて次女が22年10月に引き渡しを求める訴訟を起こした。」
2 相続と祭祀承継の違いと法律の定め
このニュースは、世間を揺るがした大事件の首謀者の遺骨という特殊な事情はあります。
ただ、一般論として考えれば、”亡くなった人の遺体や遺骨は誰のものか”という祭祀承継(さいししょうけい)の問題となります。
上述した高裁の裁判における国側の主張は心情的には国家安寧のだと理解できるものですが、どこまでいっても公安上の理由でしかなく、遺骨や遺髪を国が保有し続ける法的根拠は欠如しており、無理があるように見えます。
日本は法治国家であり、個人が有している所有権などの財産権を制限するには、明確な法的根拠が不可欠です。
国民の財産権を保障している憲法29条においても、以下のとおり、明記されています。
第29条 財産権は、これを侵してはならない。
② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
感情論だけで、国が個人の遺骨を強制的に占有し続けることは、憲法上の権利や法の下の平等を侵害するおそれがあると言わざるを得ないでしょう。
亡くなった方の遺骨などは、法律上相続の問題とは区別され、祭祀承継と言われる問題です。
通常、亡くなった方(=被相続人)の預貯金や不動産などの財産は相続の対象となり、被相続人の意思が表明された遺言によって分けられるか、法定相続により各相続人が法律で定められた割合(法定相続分)で分割することになります。
(相続の一般的効力)
第896条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
他方で、お墓や仏壇、遺骨などは祭祀財産として区別され、祭祀承継の問題として処理されることになります。
これについては民法897条によって以下のとおり定められています。
(祭祀に関する権利の承継)
第897条 系譜、祭具及び墳墓の所有権は、前条の規定にかかわらず、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。ただし、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、その者が承継する。
2 前項本文の場合において慣習が明らかでないときは、同項の権利を承継すべき者は、家庭裁判所が定める。
すなわち、承継の優先順位としては、①被相続人が指定した人、②慣習に従って承継すべき人、③家庭裁判所が定める人となります。
本件の場合、この高裁の裁判の前に、すでに最高裁で、遺骨等は次女に所有権があると確定されています。このことは次女が祭祀承継者としてふさわしいと法的に認められたことを意味します。
祭祀承継者は、被相続人を弔い、管理する責任と権利を引き受けることになります。
3 祭祀承継をめぐる実務上のトラブル
今回のような特殊な例でなくとも、祭祀承継は一般のご家庭でもトラブルの火種になることがあります。
例えば、
「長男が継ぐべきだという家族や親族の圧力があるが、本人は拒否している」
「疎遠だった親族が突然『お骨を引き渡せ』と言ってきた」
「誰がお墓を管理するのか決まらず、遺骨が安置されたままになっている」
こうした問題は、単なる金銭的な財産の争いではなく、親族間の感情的な対立が深く関わることになり、当事者同士での解決が非常に困難となります。
「遺骨」や「お墓」は、亡くなった方と残された家族を繋ぐ大切なものであり、誰がそれを引き継ぎ、守っていくべきかという問題は、法的な手続きと感情面の両方から慎重に進める必要があるでしょう。
もし遺骨やお墓の承継(祭祀承継)について、意見がまとまらずお困りの場合は、まずは法律の専門家たる弁護士にご相談ください。