1 話題のNetflixドラマ『九条の大罪』を観ました!

Netflixシリーズ『九条の大罪』が、2026年4月2日から世界独占配信され、話題になっています。
いわゆる半グレ、ヤクザ、前科持ちなど、社会のはぐれモノたちの弁護を積極的に引き受ける弁護士・九条間人(くじょうたいざ)が主人公。「思想信条がないのが弁護士。依頼者を弁護するのが弁護士の使命。」と淡々と言い放ちます。
法とモラルの境界線を問う物語、視聴者にも現在社会の闇として覆ってた部分をくっきりと投げかけられます。
この作品の原作は漫画です。
こちらもリアルな社会問題をさまざまな角度から描いた『闇金ウシジマくん』の作者・真鍋昌平さんの作品です。『闇金ウシジマくん』でも、救われない、いわゆる”胸クソ”なエピソードもたくさんありますが、そのリアルさが突き刺さる作品でした。『九条の大罪』とあわせて、日本の社会のどこかにはあるであろう社会の問題に正面から眼を向けさせられます。
弁護士である私がこの作品を観て感じたのは、単純なエンタメとしての面白さを超えた、職業的なリアリティと背筋が少し寒くなる緊張感でした。
今回はドラマの感想を通じて、普段なかなか語られることのない弁護士という仕事の本質とその際どい現実を書きます。
なお、同業ではあるものの、弁護士もののエンタメも割り切って楽しめるタイプなので、野暮なツッコミはしません。
2 弁護士の使命ーなぜ悪人を弁護するのかー
九条は物語で「悪徳弁護士」と世間から呼ばれており、現実にいたら一般の人から嫌悪されるでしょう。
しかし、本来の弁護士の使命や役割からすれば、九条の姿勢はむしろ弁護士の本質に忠実とも言えます。
弁護士法第1条は「弁護士の使命」を規定し、1項で次のように定めています。
弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
物語でもこの条文を九条が指摘するシーンがあります。
この社会正義とは、単に「正しい」とか「間違っている」とかではありません。
その意味は、手続的正義(正しいルールと手続きのもとで裁かれる)と実質的正義(不当に不利益を受ける人をなくす)の2つの意味を含んでいると言われています。
重要なのは、社会正義というのが、結果の正しさだけではなく、プロセスの正しさを守ることを意味していることです。
ここでは依頼者がいい人であるかどうかは関係ありません。そもそもいい人とは何か、誰が決めるかという問題もあります。
むしろ、社会から忌避されている人間こそ、基本的な人権を侵害されやすい立場にあり、弁護士が必要とされる場面があります。そのような人たちの基本的人権を守ることが、一般の方々の基本的人権を守ることにもつながると言えるでしょう。
実際に、憲法第37条第2項は、刑事裁判にかけられた被告人に対して弁護人を選任する権利を保障しています。
どれほどの凶悪犯であっても、刑事裁判は弁護人なしには成立しません。誰かが弁護人を引き受けなければ刑事裁判は開かれず、処罰を与えることすらできないのです。その意味合いでも、嫌がらせなどがあるにもかかわらず、連日報道されるような凶悪事件の被疑者・被告人の弁護を引き受ける弁護士には、同業から敬意が示されるところです。
これは犯罪者を守るためのものではなく、国家権力の一方的な訴追から個人を守るという近代刑事司法の根幹原理に関わる問題です。
『九条の大罪』でも「弁護士が守っているのは悪人ではなく手続きである」と言う名セリフがあります。
弁護士役割の本質を体現した言葉でしょう。
そして、引き受けた弁護士は被疑者・被告人のために全力を尽くすことが求められます。
ドラマの中で印象的なのは、九条が依頼者となる被疑者・被告人の意向を尊重して、依頼者にとっての最善の戦略を組み立てる場面です。
弁護人は依頼者(被疑者・被告人)の意思に反した訴訟行為は原則として許されません。
例えば、被告人が無罪を主張しているにもかかわらず、弁護士が独断で有罪を認めた方が得策と判断して罪を認めることは、依頼者の意思に反して許されず、懲戒事由に当たり得ます。
弁護士職務規定第46条には(刑事弁護の心構え)として、以下のように規定されています。
弁護士は、被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める。
弁護士が依頼者の意思を曲げたり利益を無視したりすることは許されない、これはドラマでも丁寧に描かれていて、共感できる場面の一つでした。
3 「ハト弁になる」ことを求められる弁護士と反社勢力との線引き
ドラマで興味深いシーンとして、九条が暴力団・伏見組の若頭・京極(ムロツヨシ)から「ハト弁になる」ことを求められる場面があります。
「ハト弁」とは、主に刑事弁護の隠語で、組織犯罪において逮捕者と外部(組織)の間で口止めや伝言を引き受ける弁護士を意味します。伝書鳩のイメージですね。
九条は「それだけはやらない。」とキッパリと断っていました。断る理由として、伏見組の京極側にも不利益が及ぶことを指摘していたのはうまいかわしかたでした。
実は、弁護人は、警察官などの立会いなしで被疑者や被告人と時間の制限なく面会できる権利が保障されています。すなわち、刑事訴訟法第39条第1項において、身体を拘束された被疑者や被告人が、弁護人または弁護人となろうとする者と立会人なくして接見(面会)できるとされています。これを接見交通権と言います。弁護人を選任し、弁護人を通じて防御権を行使するために不可欠な規定です。
接見交通権は弁護士と被疑者・被告人が秘密裏に話をすることができる場を保障するものですが、それはあくまでも正当な弁護活動のためです。被疑者・被告人のために全力を尽くすと言っても、限界があります。弁護士がそれを悪用して違法な行為に及ぶことまでは許されません。もし弁護士が証拠隠滅に加担すれば、刑法第104条(証拠隠滅罪)の共犯として刑事責任を負う可能性があり、同時に弁護士としても懲戒を受けることになります。
実は刑事弁護を一定数していれば、ほぼ全ての弁護士がこれに近いことを依頼されることがあります。若頭・京極はあからさまに依頼して九条を試しているようでしたが、実際にはもっとわかりにくくさりげない形で依頼されます。弁護士としては証拠隠滅になりうるリスクがあるかどうか、適切に判断して対応しなければいけません。
弁護士が守るべき一線を鋭く突いているシーンです。
物語全体を通しても、九条が直面する最大の問題は、反社会的勢力との間で一線を画することができるかどうかです。
伏見組の京極は、九条の仕事ぶりに興味を持ち、組の顧問弁護士になるよう画策します。これは現実でも起こりうるような問題です。
暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)のもとでは、弁護士が暴力団の顧問弁護士となって暴力団の利益のために継続的に便宜を図ることは懲戒対象ともなりえます。
とはいえ、現実はそれほど単純ではありません。刑事事件では国選事件として弁護人を受けざるを得ない場合もありますし、反社会的勢力の刑事弁護をすること自体は何も悪いことではありません。ただ、単発の依頼がつながっていき、継続的に便宜を図ることになっていくことも自然な流れであり、そのラインは微妙です。
九条の難しさは、まさにこの境界線の上を常に歩いていることにあるでしょう。
2000年代以降の司法改革によって弁護士人口は急増し、2000年頃には約2万人だった弁護士数は、現在では4万5000人を超えています。
過当競争の中で、一部の弁護士が反社会的勢力や違法に弁護士を悪用する非弁業者に取り込まれていくリスクが現実に存在し、そのような事例も出てきています。最初は理想をもっていた弁護士が、経営難から、あるいは、甘い蜜にひかれ、反社会的勢力や非弁業者に取り込まれるというのは残念ながら架空の話ではありません。
弁護士は良くも悪くも社会の闇と呼ばれるような部分に触れる職業です。
悪人の弁護をすることも法律が要請する重要な役割ですが、同時に一歩間違えれば利用され、証拠隠滅などの犯罪に加担するとになり、取り込まれれば弁護士としては終わります。
この綱渡りの日常を、社会の問題を浮き彫りにしながら描いているところに、弁護士としての緊張感を抱かざるを得ませんでした。
【補足】いい弁護士の選び方
このドラマを観て「自分が弁護士を頼むときはどう選べばいいんだろうか」と考えた方もいらっしゃるかもしれません。
弁護士を選ぶ際に一般の方がまず気にするのは、「専門性」でしょう。
確かに、それぞれの分野に深い経験と知識を持つ弁護士を選ぶことは大切です。
また、一般的な弁護士が扱っていないようなニッチな分野、あるいは、先端分野であれば専門性をもった弁護士に依頼すべきであることは否定しません。
ただ、よほど特化した分野でない限り、一般的な分野(例えば、中小企業法務、不動産、相続、離婚、破産、交通事故など)であれば、弁護士であれば一定の経験や知識を持っていることも多いでしょう。
そのような分野では、専門性以上に重要なのが、相性です。
弁護士と依頼者の関係は法律上の委任契約となりますが、継続的な関係であり、通常であれば秘密にするような情報を共有していくことになるので、重要なのは信頼関係です。時には人生や事業の根幹にも関わるような重大な問題について、弁護士とともに共闘していくことになります。
依頼者が安心して全てを話せ、信頼して進められる関係を築けている弁護士の方が結果的によい弁護を実現することも少なくありません。
このような観点から、信頼できるかどうかを初回の相談でしっかり見極めましょう。初対面であればオンラインよりはできれば直接対面した方が良いでしょう。弁護士の挙動が見えるのはもちろんですが、法律事務所の雰囲気もよくわかります。
弁護士個人を見ても、説明が丁寧か、こちらの話を聞いてくれるか、費用や見通しについて、厳しい内容も含めて率直に話してくれるか、そういった「人としての誠実さ」が、長い付き合いになる弁護士選びでは何より大切な基準になるでしょう。